放下着(ほうげじゃく)

「放下」とは打ち捨てること、投げ捨てることを意味しており、「着」とは命令を意味しています。

放下着とは「全て捨てきってしまえ」という意味です。

趙州禅師が修行僧に言った言葉で、ある時修行僧が「私は修行の末、一切のものを捨てきりました。もう何も捨てるものはありません。この後はどのような修行を行えばいいでしょうか?」と趙州禅師に尋ねたところ、「放下着」と修行僧に一喝しました。

「一切のものを捨てきったのだという思いをも捨て去れ」ということです。

辛く耐えがたい苦行の末に手に入れた悟りさえも捨ててしまえというのが禅の道です。

これは私たちも学ぶべきことです。

私たちは生きていく中で、多くのものを身につけていきます。
これが正しいとか正しくないといった知識や経験、数多く残してきた実績やその中でつくられた自身のプライド。

何が正しくてなにが正しくないのか?こういったことにとらわれていると、あなたの世界はとても狭くなってしまいます。私たちが経験してきたこと、見てきたこと、得た知識はこの世界のほんの一部でしかないのです。

その一部のことしか知らない考えに執着してしまえば、あなたの成長は見込めません。

世間一般で言われる常識というものは全て捨ててしまったほうがいいでしょう。

あなたのこれからの世界をものすごく狭めてしまいます。

自身がもっているプライドも同じです。確かにプライドが役にたつ場合もあるでしょう。「この分野だけは誰にもまけない、あいつだけには負けたくない。」負けたくないという熱い気持ちから努力し成果を得ることもあるかもしれません。

しかしそれは、相手がいないと成り立ちません。自分のプライドが刺激されるようなことがない限り、その努力もその成果も得られることはなかったのです。

それに比べ、プライドを持っていることにより起こる無駄な感情のほうがはるかに多いのです。「自分の得意としている分野のことで指摘された。入ってきたばかりの部下にさきをこされた。」プライドをひどく傷つけられた時は、ひどく落ち込み、不安や迷いに悩まされます。

最初からプライドなどなければ、そんなことに悩むことはなかったでしょう。指摘されたことを素直に受け止めていれば、また一つ自分の成長につながったはずだったのです。

自分の中には無駄なものがたくさんあります。執着するのはやめましょう。まだ知らないことはたくさんあります。自分の考えが正しいと思ってはいけません。「放下着」。全て捨ててしまいましょう。

肩書もプライドも全て捨て、その上で生きていく自信が身につけば、あなたの世界は大きく広がります。

また固執した考えがでてきたときは、「放下着」と心の中で唱えてみて下さい。

きっと気持ちが軽くなり、酒酒落落と生きていけるでしょう。