悟無好悪(さとればこうおなし)

禅語の中にこういった言葉があります。

迷いの中に生きているから、安らぎや乱れに振り回されてしまうのであり、悟ってしまえば、良いも、悪いも、そこにはなくなってしまうものである。という言葉です。

人は常に先入観で物事を決めがちです。あの人は悪い人だ、あの人は良い人に違いない、こういったことは全て先入観によるものです。先入観によって物や人を好きになったり嫌いになったり。非常にもったいなく、無駄なものです。あるがままを受け入れれば、好き嫌いは自然になくなります。

食べ物の好き嫌いはすぐに変わるものです。小さいころは苦手だったものが、大人になれば好きになっていた、海外の人が、納豆を嫌いな人が多いのも、見た目による先入観であり、日本人は美味しいものだと知っているためそうは思いませんし、実際に食べて見ると好きになる外国人も少なくありません。

そもそも好き嫌いという感情は曖昧なもので、とても良い人だと思い食事に誘ってみたら、マナーが悪く店の人への態度も良くない、逆にすごくいい加減な人だと思っていた人と会話してみると、しっかりと物事を考えて行動を起こす人だった。なんてことは良くあることです。いわゆるギャップというものですが、このギャップを作り出しているのも全て先入観によるものです。

良く知りもしないのに、あの人は、良い人、悪い人。あれは良いもの悪いもの。先入観で物事を判断するのはやめましょう。先入観によって悪い人、悪いものと思い込んでしまった場合は、自分にも負担がかかるものです。

よく知りもしないのにあの人が近づいてきたらなんとなく嫌な気分になる。そしてそれを聞いた友人もまた先入観でその人を避けてしまう。嫌いな人だと思えば思うほどその人の事を考えて憂鬱な気持ちになってしまうのです。

まずは、実物を見て、会って、感じて確かめることが大切です。そうすれば存在を認めることができるので、好きも嫌いもなくなります。

好きになるということは良いことですが、嫌いになるということに良いことはなにもありません。

全てを好きになれとは言いませんし、好きになる必要はありません。実物に触れてみて自分で感じてみて嫌いだと言っているのと、先入観によって嫌いだと言っているのでは、全く内容が違います。

あなたが好きな理由は何なのか?嫌いな理由は何なのか?自分に問いかけてみて下さい。きっと全てが曖昧なもので、なぜ好きだと思っていたのか、嫌いだと思っていたのか、答えることができないはずです。

実物を見て、感じてから判断する。このことを心がけることで、あなたの世界は何倍にも膨らんでいくでしょう。