ブッタの教えである「諸行無常」

全てにおいて常はなく、この世に存在するあらゆる全てのものは、移り変わりゆくというものです。

この諸行無常わ表しているブッタの言葉をご紹介します。

世は泡沫とみよ、世は陽炎とみよ、そう世間を見る人を死王は見ることがない

この世で起こる物事は、泡のように増えては消えゆき、この世で起こる物事は、移ろいやすく陽炎のように不確かなものである。

仏教の中でも大きな壁と言える生と死の問題。この生と死もまた、不確かなものであり、自分自身という存在も不確かなもの。

このように考えることができ、その実感を持つことができた者にこそ、生や死に関する執着がなくなり自分自身のこだわりも消えてなくなります。

その境地に達することができれば、死という、大きな苦しみからも逃れることができ、その他一切の苦しみから解放されることとなる。

これがブッタの教えであり、物事は絶対こうであるといった、執着や、自分自身はこうあるべきだといった、くだらないこだわりは捨てなさいということです。

何かに執着するからこそ、苦しみが生まれ、何かにこだわりを持つからこそ、こだわり通りいかなかった時に怒りや悲しみ、苦しみといった感情が生まれるのです。

全ては生まれては消え、ゆらゆらと移ろう不確かなもの。そこにこだわりや執着を持つのはやめましょう。

あぁ、この身はすぐに地上に横たわるだろう。意識を失えば捨てられ、無用の木ぎれのようである

生きている時は、地位や名誉、貧富との差といったそれぞれの要素で区別され、一人一人にいくら違いがあろうとも、死んでしまえば、皆木ぎれのように横たわるのみです。

生と死とは誰もが平等に与えられ、それは避けることのできない真実です。

この揺るぎない真理を知る必要があり、生に執着した生き方も、どうせ死ぬものと生を軽んじて生きることも、苦しみを生む原因となります。

ブッタは「世の中の人間は自分をまるで不死かのように振る舞う愚か者」とも言っています。

いずれ死にゆくものと知らないから、余計なものにこだわり、些細なことで、怒ったり、悲しんだりとしてしまい、今を大切にした生き方をしようとしません。

生と死の絶対的な真理を知っている者こそが、苦しみから逃れ、一瞬一瞬を大切にして生きていくことができる。

ブッタから見れば、この真理を受けとめきれない人ばかりだということです。

諸行無常を知り、今を大切に生きることこそが、人生に幸福をもたらす生き方である。

「今を大切に生きる」ということは簡単そうで、難しいものでもありますが、それが幸福に繋がることは間違いありません。

あなたも心がけてみてはいかかでしょうか?