他人の過失は見やすいが、自分の過失は見えにくい

ブッタがの教えであるこの言葉ですが、人間とは他者の悪いところばかりに目がいき、悪いところを見つけるのが得意な生き物です。

しかし、自分の欠点にはなかなか気づくことができません。

人の悪口ばかりを話して盛り上がっている人は、それこそが自分の欠点であるということに気付いていません。

他人の欠点などどうでもいい。自分がどうなのかが、一番大切です。

他人の欠点を見つけるのは、自分を守りたいから。

欠点を見つけては、自分の中で相手の評価を落とし安心する。

そしてそれを共有し、周りにも理解してもらうために話をして盛り上がる。そうすることで、優越感に浸っているのです。

これを無意識的に行っている人も多くおり、これを行っている人は危険です。

他人の評価をさげることで、何とか自分との差をなくそうと考えますが、自分のことをわかろうとか、変えようということには決してならないのです。

つまりそれは自分の成長は一切見込めないということです。成長どころか、逆に自分を苦しめてしまうことになります。

ブッタはこのような言葉も残しています。

他人の過失をみるなかれ。他人のした事しなかった事をみてはいけない。自分がした事としなかった事だけをみなさい

まさにその通りで、重要なのは他人ではなく、自分。

まずは自分の言動を見つめ直し、その言動は正しいことなのか、正しくなかったのか、正しくなかったのなら改めよう。

自分はあれをしたが、あれはしていない、だったらあれもしようといったように、自分を見つめ直すことが大切で、それこそが自分の成長に繋がるのです。

他者の欠点を見つけても、なにも変わらないし、あなたには一切関係のないことです。

あなたがその欠点を直す必要もありませんし、直したからといって何も変わりません。

あるとしたら、私が直してあげたというちょっとした優越感だけ。

そんなものは全く無意味なことであり、必要のないものです。

自分の欠点というものは、普段から気にかけていない限り、ほとんど気づかないことでしょう。

しかし、あなたが、他の人の欠点を見つけているように、あなたも他の人から欠点を見つけられています。

自分にも他者同とじように欠点があるのであれば、まずは、それを改善していくべきです。

自分の欠点をしっかりと理解して改善していくことができれば、もう他の人の欠点を見つけることなどどうでも良くなっていくでしょう。

決して、自分のことだけを考えて生きろとか、損得感情で動けといったようなことを言っているわけではありません。

中の良い友人が間違った言動をしていたのであれば、それを正してあげることは大切なことです。

ただ自分のことを棚に上げて人の事ばかり言っていることが良くないのです。

人の事を言う前にまずは自分から、考えを改める。

それが一番自分を成長させることに繋がることでしょう。