あなたには、これまでぼろぼろになるまで使い込んできた物はあるでしょうか?

くしゃくしゃになるまで勉強に使っていたノートや教科書、大事に使ってきた、ジーパンやコート、スポーツをしている人はならば、シューズやグローブ、ボールなど、人によって思い出の品というものはそれぞれだと思います。

まるでその物があなたを表しているような物。そこにはあなたの人生が詰まっているはずです。

破草鞋(はそうあい)

破草鞋とは、ぼろぼろになるまで使い込まれたわらじのことを言います。

これは、僧侶が行脚という長旅を繰り返し行ってきた努力の証です。

これまで道を共にしてきた、いわば相棒のようなものであり、そのわらじが僧侶自身を表していると言えるでしょう。

使い古してきたものというのは、思い出深く、それを見るだけで、今まで過ごしてきた出来事が、鮮明に浮かんでくるものばかりです。

物は使えば使うほど愛着がわいてきはしないでしょうか?

壊れては直し、また壊れては直して使う、新しく機能性の良いものを買い替えればいいことなのですが、「なぜかそれがいい、それじゃないとダメ」といった自分の中での絶対的な決まり事ができてきます。

これは決して本人にしか分からないことですが、本当に使えなくなる最後の最後まで、使い込む。

これはこれまで共に過ごしてきた物に対する愛だと思います。

物だけでなく身体も同じ。

接客業で度々地面に膝をつく人は、膝が固く黒くなり、洗い物を続けてきた人は手があれカサカサになってくる。

一見嫌なことのように思えますが、それも素晴らしい努力の証です。

あなたが一生懸命にお客様と接してきた、多くのお皿をキレイに洗い流してきたという立派な証。

時には、共に頑張ってくれた自分の身体にケアをしてあげることも忘れずに。

そうやっていつまでも物や身体を大切にしていく。

それを誇りにしていくことが、これからの自分の人生にも繋がっていくのではないかと思います。

自分だけの破草鞋を大切にしてこれから先も進んでいきたいものです。

きっと明るい未来に繋げてくれることでしょう。