花は人々を感動させ、満開時には木の下に自然と道ができるほど、人が行き来します。

美しい花を見ようと至るところから人が集まりますが、花が散ってしまえばその木の下に集まる人の姿はなくなります。

花は咲き、人々を魅了しては、枯れ果て散っていきます。

これを素晴らしいものと感じるか、悲しいものと感じるかは人それぞれかもしれません。

あなたならこの一連の流れをどう感じるでしょうか?

禅の中にこのような言葉があります。

花謝樹無影(はなしゃしてきにかげなし)

この言葉の中に「謝」という字がありますが、これは感謝の謝ではなく、代謝の謝、入れ替わりを意味しています。

樹に花が咲き、散っていったその後には、次の花に入れ替わるための養分を蓄えているのです。

樹から花が散り落ちてしまったとしても、樹は枯れてはいません。

美しい花を咲かせているのは、樹木です。樹が死なない限り、花は咲き続けます。

花が散った後、何もなくなってしまったように見える樹には、次の花、次の命を咲かせるためのエネルギーが溜め込まれているのです。

そう考えて見てみると散った後の樹の姿は、決して寂しいものでも、悲しいものでもなくなるはずです。

一生懸命、次の命を誕生させるため、そこに立っているその姿は、何とも言えない立派なものです。

その懸命な姿の先に、花が咲き私たちを魅了することに繋がるのです。その花は、まるで樹木の努力を美しさで表現したかのように、咲誇っているように見えてきます。

樹木は常に活動しています。私たちもこの姿を、見習わなければいけません。

何かの目標に向かう時、途中で何があろうと、決して焦ってはいけません。

樹木のように、ただ目標を達成することだけを考えて行動していくことが大切です。

目標を達成するまでの間は、それを達成させるための準備期間。

焦って目標を見失ってしまってはいけません。

他に気を取られることなく、ただただ、目標に向けての努力を積み重ねていく必要があります。

そうして努力した先にこそ、美しい花を咲かせることができるのです。

人の世界も同様です。目標を達成させた人だけが注目を集め、ただ目標を掲げているだけの人は、何を馬鹿なことをとあしらわれてしまう世の中です。

目標を達成させるための準備期間。これが最も大切です。

花が散った後の樹木の姿。これを見て、寂しいもの、悲しいものと考えるのはもっての他です。

むしろその姿こそ価値あるものかと思います。

私たちも、樹を見習い、1度きりの人生に美しい花を咲かせましょう。