何気なく過ごしているこの毎日。

何も考えずに生きているこの毎日が、いかに奇跡的なことであるかを忘れてしまう。

毎日を平和に生きているということが、どれだけ恵まれていることなのかを知るだけで、他の悩みなどどうでもよくなる。

生命がいかに尊いものであるかを説いた禅語があります。

仏法如大海(ぶっぽうたいかいのごとし)

これは宇宙や大自然の法則を説いた禅語。

今の自分があるということ、命があるということは、父母がいるおかげ。

その父母が存在しているのは、祖父母のおかげであり、その祖父母にもまた、それぞれ父母がいます。

遡るときりがないですが、このきりががないというところが、とても重要。

自分の代から10代遡ると1024人の先祖が、20代遡ると100万人を超える先祖がいます。

とんでもない人数ですが、これだけの人が自分という存在に関わっています。

この中のうち一人でもかけていたら、今の自分は存在しません。

20代遡ること100万人。先祖100万人が何事もなく、平和に毎日を過ごしてくれたおかげで、無事に子供を産んでくれたおかげで、今の自分が生まれたのです。こうやって代々続いてきているわけです。

よく考えるととんでもないことです。

親も友人も今自分の周りにいる人全員に、100万人以上の先祖がいるということです。その人たちもまた先祖が一人でもかけていたら存在していないのです。

日頃何も感じずに友人と話したり、遊んだりしていますが、出会いというものは本当に素晴らしい出来事。

よく「何億といる人の中で人と人とが出会えたということは奇跡だ」と言いますが、それどころではありません。

その奇跡的に出会えた人にも、数えきれない人が関わっているわけで、その関わりがなければ、出会うどころか存在すらしていないわけです。

そこまで考えると、出会いは本当に奇跡的な出来事であり、その出来事に感謝しなければと思い改める必要があります。

人生、生きていれば色々な出来事があり、悩んだり不安になったりしてしまいます。

しかし、そんな悩みや不安はとてもちっぽけなものばかりです。

奇跡的にこの世に存在し、奇跡的に人と出会い、奇跡的にまた新しい命が生まれる。ましてや宇宙があり、そこに地球があり、今生活できる環境があるという、奇跡でできているようなこの世の中で、何を小さいことを悩んでいるのかと思いしらされます。

今自分が生活できているということに感謝し、自分が存在していることに感謝し、そして自分を産んでくれた親、その親を生んだ祖父母、その代々と続くこの繋がりに感謝する。

そうすることで、1日1日を大切に過ごす事ができるようになり、結果、良い人生を歩むことができるでしょう。