心外無別法(しんげむべっぽう)」という禅語は、幸せや不幸せというものは、そのものが形として表れるものではなく、自分の心が作り出した現象であり、外部からもたされる影響ではないという意味です。

不幸というものはなるものではありません。感じるものです。全ての現象や感情は自分の心が作り出すものであり、自分の心の持ちよう次第でいくらでも変えることができるのです。

つまり不幸にならないための一番のコツは不幸と感じないことなのです。

お金がないからと自分の人生は不幸だと嘆いている人を見かけますが、傍から見れば、何1つ不自由のない生活をしている人は少なくありません。

食事も摂れるし、睡眠もとれる。平凡な毎日を過ごすことができているのです。

幼少の頃から、貧しい生活を送っていて、ろくに食べ物も食べれていないという人ですら幸せを感じている人を私は知っています。

ですが、その人に比べて明らかに生活環境も整った暮らしを送っているにも関わらず不幸であると感じている人は大勢いるのが現状です。

人はなぜか不幸に感じる心のほうが敏感になっており、幸せに感じる心のほうが鈍感です。一つ一つ起こる小さな嫌な出来事に対して不幸を感じる。だが、1つ1つ起こる小さな幸せを感じることができない。そして小さな不幸が積み重なり、全てが不幸だと感じてしまう。

人は不幸になることを恐れます。「不幸になりたくない」という、不幸に対しての執着があるのです。

その例として、人は何か物を勧められる時、その物の良いところやその物を手に入れることによるメリットばかりを聞かされるとそのものを怪しいと認識してしまいます。逆に悪いところやデメリットを1つでも聞かされていると安心してしまうのです。これは実際に販売のテクニックとして使われている手法なのですが、人は不幸になりたくないのです。メリットだけを聞いていてその物を手にしたときに何かデメリットがあった場合は不幸を感じてしまうため、良いことばかりを聞いていると何か悪いことがあるのではないかと疑ってしまうのです。あらかじめ悪いことを聞いていれば、それを承知でそのものを手にしたため、その悪いことは気にならないのです。同じ悪いことであったとしても、それを聞いていたか、聞いていなかったかではとらえ方が大きく変わってしまいます。

このように人は心理学的に見ても不幸に執着し不幸を恐れているということがはっきりとわかります。

もっとシンプルでいいのです。不幸を感じないことが不幸にならないための一番の方法です。

不幸になりたくないと考えるのではなく、幸せを感じる心を育ててください。

1日1日の中に小さな幸せはいくつもあるはずです。ありがとうと言われる感謝の言葉や、懸命に生きようとしているアスファルトに咲く花など1つ1つの幸せを見つけるのです。

幸せを感じる心が敏感になり、不幸を感じる心が鈍感になれば、今の生活や現状が変わらずとも不幸ではなく、幸せを感じることができるでしょう。